大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所平支部 昭和34年(ワ)78号 判決

原告 高橋春吉

被告 猪狩伝 外二名

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告代理人は、

「被告らは原告に対し、石城郡四倉町字本町四二〇番、田七畝歩について、福島地方法務局四倉出張所昭和三〇年一〇月一三日受付第一、四四〇号により、農地法第三条の許可を停止条件とした同日づけ売買契約を原因とする所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続をせよ。

被告らは原告に対し、右土地を引渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決をもとめ、その請求の原因として、次のとおり述べた。

「(一)、(1) 、請求の趣旨掲記の土地は、もと同字二四七番、田一反一畝一〇歩であつたが、換地処分により、昭和三四年三月一〇日現在の地番となつたものである。(以下単に本件土地という)

(2) 、本件土地は、もと原告の亡父高橋留蔵の所有であつたが、亡父死亡後、原告はその遺産の一切の承継人となつた。

(二)、(1) 、本件土地には、被告らを権利者とする請求の趣旨掲記の仮登記がされている。(以下単に本件仮登記という)

(2) 、しかしながら本件仮登記は登記原因を欠く無効なもので、被告らは原告に対し、その抹消登記手続をする義務がある。

すなわち、亡父留蔵は当時被告ら(被告若松についてはその被相続人若松憲平)に対し、金二〇万円の債務について、本件土地の抵当権設定登記をする義務を負担していたので、その頃印鑑等を托していた訴外吉田セム、野口シンを通じ、その手続を依頼したところ、被告らは契約の趣旨に反し、無断で本件仮登記を敢行したものである。

亡留蔵は本件土地を売渡す意思は毛頭なく、その契約をした覚えもないし、農地法所定の許可申請手続もなかつたから、売買による所有権移転請求権を保全する本件仮登記は全く無効である。

(三)、(1) 、被告らは本件土地を占有し、耕作収益をあげている。

(2) 、しかしながら被告らは何ら占有の権限を有しないから、原告に対し引渡す義務がある。

もつとも被告らの占有は本件貸金の利子の代りとして、昭和三一年の田植時より始められたものではあるが、農地法所定の許可がないから、その約旨は無効なものである。

(四)、被告の主張に対し、

(1)、本件土地の現況が農地でないことは認めるが、本件仮登記当時は農地であつた。

(2)、本件仮登記当時、本件土地の時価が約二〇万円であつたことは認める。」

二、被告ら代理人は、主文同旨の判決をもとめ、次のとおり述べた。

「(一)、原告主張事実のうち、(一)の事実、(二)、(三)の各(1) の事実は認めるが、(二)、(三)の各(2) の事実は否認する。本件仮登記は有効になされたものであり、被告らは昭和三二年春頃より買主としての権限により占有しているものである。

(二)、(1) 、本件土地は、現在四倉町が被告らの同意を得て埋立て、現況は宅地となりつつあり、農地ではない。

(2) 、本件仮登記当時、本件土地の時価は約二〇万円であつたが現在約一〇〇万円に値上りしている。」

三、立証方法〈省略〉

理由

第一、抹消登記手続の請求について。

一、当事者間において、

(1)、本件土地について、本件仮登記がなされていること。

(2)、本件土地のもと所有者亡高橋留蔵の遺産の一切の承継人が原告であること。

(3)、本件土地は本件仮登記当時、時価約二〇万円であつたこと。

(4)、本件土地の現況が農地でなくなつていること。

はいづれも争いがない。

二、成立に争いない甲第一、四、五、六、七、八号証、公務所作成部分の成立について争いなく、その余の部分については後掲各供述ならびに弁論の全趣旨を綜合して成立の認められる乙第一号証の各書証、証人根本喜一郎、高橋タマ子、高橋イチ、吉田セム、野口シン、谷平益美、原告本人の各供述(何れも一部措信しない部分をのぞく)、に弁論の全趣旨を綜合すると、少くとも次の事実が認められる。

(5) 、亡留蔵は、昭和三〇年九月頃までに、訴外吉田セム、野口シンの両名から金一〇万円づつ、合計金二〇万円の融通を受けたが、その後同年一〇月頃までに右両名より債権譲渡を受けた被告ら(被告若松については被相続人亡憲平)に対し右金二〇万円についての債務を負担するにいたつた。

(6) 、右債務につき、亡留蔵は本件土地を担保として差入れることを約し、昭和三〇年九月一九日、吉田セムを権利者とする本件仮登記同様の農地法の許可を条件とする売買による所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、右仮登記は同年一〇月一三日解約により抹消され、同日本件仮登記におよんでいる。

(7) 、亡留蔵は、被告らに対する義務の履行については、法律的手続について不案内でもあり、また病弱のため、印鑑を訴外吉田セム、野口シンに托して、登記手続を依頼した。その代理を委ねた手続の趣旨は本件土地を所謂借金のかたにするための手続といつた程度の認識であつて、担保の形式、登記手続の細部についてはすべて右訴外人両名に委ねたもので、その形式を抵当権設定登記手続そのものに限定して依頼したものではなかつた。

(8) 、そこで右訴外人両名は留蔵の代理人として、司法書士のもとで被告らと協議の上、昭和三〇年一〇月一三日頃、土地停止条件付売買契約証書(乙第一号証)を作成し、本件登記に及んだものである。

(9) 、その後、亡留蔵ならびに原告は被告らに対し、弁済はおろか如何なる名義の金員の支払をもしていない。

(10)、本件仮登記の前後を通じ、本件土地の処分について、農地法上の許可は勿論申請手続もなく、当事者間にその手続についての交渉もなかつた。

(11)、本件土地は本件仮登記当時農地であり、原告所有の同字四二一番、田五畝一五歩(換地前、同字二四八番、田、四畝一二歩)とともに、昭和三二年春の作付頃より被告らの手で耕作、収益され、原告方においても借金の利子を払つているつもりで少くとも本訴提起までは右占有を許容していた。

(12)、本件土地は右のように最近まで農地であつたが、現在宅地化されたのも被告らの恣意によるものでなく四倉町の手により行われているものである。

右認定に反する前掲各証人ならびに原告本人の各供述の一部は記憶ちがい、伝聞による臆測、法律の不知よりくる思いちがい固執に基づくものと思われ、弁論の全趣旨にてらし、俄かに採用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三、右、(1) 乃至(12)の認定事実を綜合すると、原告と被告らの間において、金二〇万円の貸金債権担保のために、本件土地につき農地法第三条の許可を条件とする売買契約により債権者である被告らの優先弁済権を確保し、被告らが事実上耕作収益することを許容することによつて、債務者である原告の利息の支払に代え、遅滞の責を免れ得る一種の譲渡担保ともいえる担保権の設定契約がなされ、右契約にもとづく本件仮登記について原告の代理人吉田セム、野口シンの両名は代理権限を有していたもので、本件仮登記は有効になされたものと認めるのが相当である。(農地である限り、県知事の許可ない以上所有権の移転は実現しないけれども、担保権の設定を禁じていない農地法上、かかる趣旨の売買自体は有効である。)

もつとも、右契約中被告らに耕作収益させる権限を設定する部分については農地法所定の許可がないから効力を生ぜず、農地である限り、原告はいつでも引渡を請求できた訳であり、右許可なく右耕作収益を実現せしめたことが農地法上罰則の対象となり得ることは勿論である。しかしながら農地法上の効力規定は農業構造と生産力の健全な発展を目する経済政策上の見地よりする目的物に対する規定であり、農地法施行規則第二条よりしても、債権的な契約の締結自体を禁じたものでなく、従つて目的物が農地である状態ならびにその時限においてのみ相対的に適用すべきものである。従つて所有者である原告がこれを許容している限り、被告らが占有して取得した果実を以て原告の利息の弁済としての効果を生ぜしめたこと(不当利得返還請求債権と利息債権の相殺ともなり得よう)自体まで法律的効果を失わせるものではない。また現況は農地ではないから、相対的な目的物に対する無効原因のなくなつた時、即ち農地でなくなつた時より、右収益権の設定契約は有効なものとみなすべきである。

従つて、一種無名契約である本件担保契約は当初において右のような一部無効な条項をふくんでいたけれども、右無効は前叙のように相対的なもので、むしろややもすれば契約上不利になりかねない債務者の負担を軽減こそすれ、何ら担保権設定契約自体に倫理的経済的な反社会性を帯びさせるものでなく、また担保の目的物の占有乃至利用関係は担保権設定契約の不可欠な要素でもない。

そうすると前記認定の原被告間の事実関係においては、右無効の条項を除いて本件担保契約を有効なものとするのが当事者間の契約の目的に合致して合理的であり、社会的経済的効用においても妥当であるといえよう。

また本件担保契約の外部的な形式としての本件仮登記が法律的な限界を超えているものとは、解釈上到底考えられない。

結局本件仮登記は有効な担保権設定契約としての売買を原因とするものであつて、その後原告は債務の支払に及んでいないのであるから、本件仮登記を無効なものとして抹消をもとめることはできない。

第二、土地引渡の請求について。

被告らが本件土地を占有していることは当事者間に争いがなく前記認定の通り、被告らは昭和三二年春の植付時より当時農地であつた本件土地を耕作収益してきたものであるが、現況は四倉町の手により宅地化して農地ではなくなり、従つてまた被告らは原告との間の有効な担保権設定契約の買主(債権者)として少くとも契約にもとづく権限により占有していることが認められるから、原告は契約の解除乃至債務の弁済がない以上本件土地の引渡をもとめることは許されない。

第三、結論。

そうすると、被告らに対し、本件土地につき本件仮登記の抹消と、その引渡をもとめる原告の請求は本訴における主張、立証の限度においてはいづれも理由がないから棄却するものとし、訴訟費用は敗訴者である原告の負担とした次第である。

(裁判官 舟本信光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例